2006/11/16

病院の桜

 末期癌と宣告されたものの、福大病院に入院した年の4月、桜の頃は妻もまだまだ元気で、病室に心理学の本を数冊持ち込み読んだりしていました。
実は、妻はその1年以上前から心理学講座に通っていました。
退職後は心理カウンセラーになり、人の相談に乗りたいと考えていたようです。
後日、机の引き出しを開けると心理カウンセラー養成講座の新聞広告の切り抜きが出てきました。

 福大病院の桜はきれいでした。
風がない時は散歩がてらに二人で桜を見に庭まで降りて行きったものです。
点滴装置をガラガラと引きずりながら。
「桜は花の季節だけじゃなく1年中楽しめるのよ。花が散った後の葉でしょう。秋は紅葉でしょう」
 妻は楽しそうに喋り続けます。

「そう言われればそうだね。花ばっかりに目が行くけど、紅葉するんだね」
「皆、桜が紅葉するとは思ってないけど、桜の紅葉が一番きれいじゃないかしら」
 そんな会話を交わしながら、三脚を組み立て、セルフタイマーで二人一緒にカメラに納まったりもしました。

「パジャマでなければよかったね。点滴がいかんね」と妻。
「いいじゃないか。では、今度は点滴が写らないように写してみよう」
そう言いながら何枚もシャッターを切ったものです。
その時は互いに病気など忘れているようでした。

 でも、その後見舞いに来てくれた友人に妻が「主人が急に写真を撮りだしたから、もしかしたら先があまりないのかもしれん」と言うのを聞いて、私はビックリしました。
その時の言い方は明るくて、半分冗談とも取れる口調でしたが、普段と違うことをすると逆に不安を与えるのだと反省しました。
でも、普段通りに振る舞うというのは結構難しいものです。