2006/12/24

見舞いを心待ちにする妻

 もしも空が飛べたら・・・。
幾度そう思ったかもしれません。
いつもいつも私は夕方、車を飛ばして病院へ急いでいました。
最初の頃は福岡大学病院へ、それから九州ガンセンターに。
急いでくれ、道を空けてくれ、と心の中で叫びながら、1分でも早く病院に着けるように急いでいました。
そんなに急がなくても、早く仕事場を出れば済むことなのですが、いつもギリギリに出ては急いでいました。

福大病院の頃は春の気候がいい時分でしたが、ガンセンターの頃は雪がちらつく寒い季節になっていました。
日は早く暮れ、寒々しい風景の中をひたすら車を走らせたものです。
もし、空を飛べる車があれば、渋滞にも巻き込まれずスイスイと行けるのにと思いながら。
いま思えば、よく事故を起こさなかったものです。

 病室に行ってもそんなに長い時間いるわけでもありません。
共同部屋ということもありますが、昔から見舞いは苦手でした。
それでも1日1回は顔を出すようにしていました。
時にはベッドで一緒に夕食を摂ったり、妻のベッドに寝ころんでTVを見たり。
たまに1日2回顔を出すと非常にうれしそうな顔をしてくれました。
逆に顔を出せなかった日の翌日は、何もなかった風を装いながらも、「昨日は忙しかったんでしょ」とそれとなく聞いてきます。
そんな時は寂しい思いをさせたと反省しきりです。

 時々そっと妻が言いました。
「○○さんは一度も旦那さんが見舞いに来ないのよ。日曜日ぐらい来てあげればいいのに。
娘さんは時々来ているけど」

 ご主人が来ないのは単身赴任か何かかも分からず、
別に仲が悪いわけではないのかもしれません。
でも、妻のその言葉に、やはり毎日見舞いに来て欲しいのだなと感じました。

 いま思えば、仕事を休んででも、もっと側にいてやるべきでした。
「仕事をしないといけないから」
そう言って、私は仕事に逃げていました。
「ちゃんと仕事をしてね」
妻は私を気遣ってくれました。

 なんとか年は越せそう。
でも、次の年は・・・。
これが最後の正月、とは思いたくない。
しかし、現実を直視すれば・・・。
病室を出て、真っ暗な冬の夜の中に立つ時、とてつもなくやりきれない気持ちに襲われます。
この世には神も仏もないのか・・・。

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